対象疾患と取り組み

大腸癌の特徴

 結腸と肛門に近い直腸をあわせて大腸と呼びます。大腸は消化や栄養吸収はほとんど行っておらず、主に水分を吸収して便の固さの調節を行います。また直腸は排便の前の便を貯める袋の役割も果たします。大腸にはポリープと呼ばれる盛り上がった部分が出来ることがあり、これが徐々に大きくなると癌化し大腸癌が発生します(それ以外にも大腸癌の発生経路はいろいろあります)。大腸癌は大腸のどの部位にも出来ますが、S状結腸から直腸にかけてが出来やすく、大腸癌全体の約1/3がS状結腸癌か直腸癌です。ごく早期の場合は大腸内視鏡を用いて手術治療をせずに切除することができることもありますが、多くの場合手術治療が必要となります。適切な治療を受ければ予後は胃癌や食道癌など他の消化管癌に比べ比較的良好で、5年生存率は70%以上とされています。それだけに適切な治療を早く受けることが大切です。また多くの患者さんは手術を受けて癌が治った後もまた長い人生があるわけで、なるべく手術前に近い生活の質(Quality of life : QOL)を維持することも重要です。

 大腸癌の中でも直腸癌は結腸癌と少し性質や治療が異なります。直腸は肛門に近い部位ですので次のような特徴があります。

・ 骨盤と呼ばれる骨に囲まれた狭い空間にあり、また前立腺や膣などの大切な臓器と近接しているため、手術の難易度が高い。

・ 便を貯める袋を切除することになるので1回の排便量が少なく回数が多くなる。また肛門に近い癌の場合、一時的または永久的な人工肛門が必要となることもある。

・ 結腸癌に比べやや再発率が高い。特に癌を切除した近傍に残った目に見えない小さな癌細胞が育って再発する、局所再発と呼ばれる再発の率が高い。

・ 手術によっておきる不具合(合併症と呼びます)の割合が高い。特につないだ腸がうまくつながらず便が漏れてくる縫合不全と呼ばれる合併症や直腸周囲の神経を損傷することで発生する排尿障害・性機能障害が起きやすい。

 当院ではこういった直腸癌特有の問題点をなるべく解決し、癌の根治性と高いQOLの維持を両立できるような診療を目指しています。以下にその中から代表的な取り組みをご紹介します。

 

ロボット手術を始めとする低侵襲手術

 従来の大腸癌手術は腹部を大きく切開し開腹する方法で行っていました。しかし近年炭酸ガスで腹部を膨らませて、数か所の小さな創から器具(鉗子)をいれて手術を行う腹腔鏡手術や、さらにこれを発展させ手術用ロボットを用いたロボット手術などの低侵襲手術が普及しつつあります。これらの手術は傷が小さいため術後の痛みが少なく回復が早い、また術後の合併症が少ない、など多くの利点がありますが、その一方で開腹に比べ手術の難易度が高く十分な経験が必要です。当院では4人の内視鏡手術の認定医を中心に積極的にこの低侵襲手術を行っており、2019年現在90%以上の患者さんがこの低侵襲手術で大腸癌の切除を受けています。

 当院では保険収載される前の2012年から直腸癌に対するロボット手術を導入し、積極的に行ってきました。当初は自費診療で行っておりましたが2018年から直腸がんに対するロボット手術が保険適用となり、現在では腹腔鏡と同じ費用で受けて頂けるようになっています。現在当院ではロボット手術を2台のダビンチ・サージカルシステム(以下ダビンチ)を使用して行っています。この手術機器は多関節を有する自由度の高い器具,安定した3次元画像,繊細な動作を可能にする縮尺機能を特徴としています。特に3Dのフルハイビジョン画像を約10倍に拡大したカメラを使用することで、体の奥深い肛門の近くにおいても細かな解剖(神経組織など)まで見ることができ、より精密な手術が期待できます。2020年12月までに244人の患者さんに対しこのロボット手術を行い、良好な手術成績が得られています。


合併症0を目指して

 手術が原因となって術後に生じる別の病気や症状を術後合併症といいます。薬の副作用に相当するもので、最大限の注意を払って手術を行っても一定の頻度で発生します。手術後の合併症には、手術操作と直接関係して発生する外科的合併症と、手術操作とは関係なく発生する全身的合併症があります。外科的合併症には、縫合不全(腸管のつなぎ目から便が漏れ出すこと)、腸閉塞(腸の動きが悪くなったり狭くなったりすること)、手術部位の感染(手術の創が化膿したり、発熱すること)などがあります。特に縫合不全はひとたび発生すると入院が長くなり、時に再手術や人工肛門の造設が必要となるなど、非常に患者さんの負担が大きい合併症です。当科では、がんの治療をしっかり行うだけでなく、できる限りこの合併症を減らすように様々な工夫を行っています。日本全国の外科治療成績を集積するNCD(National Clinical Database)のデータと直腸手術の合併症について比べると(2016~2020年)、縫合不全はNCDが9.4%に対し当院は0.3%、手術部位感染はNCD 9.2%に対し当院は2.0%であり、当院では非常に低い合併症率を達成できています。今後も合併症ゼロを目指して努力を重ね、患者さんにより安全な医療を提供できるように努めてまいります。

 

 

化学放射線療法(CRT)

 上でも述べましたが、直腸癌では一見癌がきれいに切除出来ているように見えてもその周囲に見えない小さな癌の転移が残り、術後骨盤の中にまた癌が生えてくることがあります。これを局所再発といいますが、ひとたびこの局所再発がおきるとなかなかもう一度手術で切除することが難しく治すのが困難となります。このため直腸癌の治療においてこの局所再発をいかに減らすかが1つのポイントとなります。

 欧米では以前からこの局所再発を減らすために術前に抗癌剤(化学療法と呼びます)と放射線治療を組み合わせた化学放射線療法(Chemoradiotherapy, CRT)が広く行われてきました。術前にこの治療を行うことで手術で切除する範囲の外にあるミクロな転移を治療し局所再発を減らすことが出来ることが分かっています。しかしながら本邦ではこのCRTはまだあまり普及しておらず、直腸癌に対する標準療法として行っている施設はあまり多くありません。当院では放射線治療は1980年代から、またこれに化学療法を加えたCRTは2003年からとかなり昔からこの治療を取り入れ積極的に行って来ました。すでに400人近い患者さんがこのCRTによる治療を受けており、十分な施設経験のもとに安全に治療を受けて頂くことができます。

 CRTを受けて頂く場合、約1ヶ月半かけてゆっくりと抗癌剤の投与と放射線による治療を行います。さらにCRTが終わった後すぐに手術をするのではなく、約2ヶ月程度待機して頂きます。この待機期間の間にCRTが徐々に効果を発揮し腫瘍が縮小しますので、一番癌が小さくなったタイミングで手術を受けて頂くことになります。

 下の写真は同じ方の癌のCRT前後の様子です。腸に沿って大きく広がった癌がCRTによって平らになり、盛り上がった部分がほとんどなくなっているのがわかります。

 

炎症性腸疾患

 炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease :IBD)は消化管に原因不明の慢性炎症を起こす疾患であり、一般的に潰瘍性大腸炎とクローン病のことを指します。炎症がある状態(活動期)と治療により炎症が落ち着いている状態(寛解期)を繰り返すことが病気の特徴です。
 潰瘍性大腸炎は主に大腸の粘膜を侵す慢性疾患です。潰瘍性大腸炎では、炎症の範囲が広いほど、また炎症の程度が強いほど外科的治療が必要になる可能性は高くなります。手術を考慮した方がよい場合としては、内科的治療が奏功しない場合や内科的治療の副作用のために治療の継続が困難な場合です。急激に症状が悪化した場合は緊急手術の適応になります。また、潰瘍性大腸炎の特徴として、発症から長期間経過した場合に、大腸癌が発生するリスクが高くなることが知られています。潰瘍性大腸炎関連大腸癌は通常の大腸癌よりも内視鏡的に見つけにくいため、IBDを熟知した施設で定期的に下部内視鏡検査を行うことが必要になります。内視鏡検査で大腸癌もしくは前がん病変を指摘された場合も外科的治療の適応となります。
 潰瘍性大腸炎に対する標準的な術式は全大腸切除になります。大腸をすべて切除すると、水分の多い便が排泄されてしまうため、小腸を袋状(回腸嚢)に形成して肛門もしくは直腸と吻合します。多くの場合、手術は2-3回に分けて行いますので、一時的に人工肛門が必要となります。
 クローン病は口から肛門まで消化管のどの部位にも病変が存在する可能性があります。長期経過の中で粘膜が傷ついて修復することを繰り返すため、腸管が固く狭くなった状態(狭窄)、腸管同士がトンネルを形成してつながった状態(瘻孔形成)などを合併することがあり、内科的治療で改善しない場合は外科的治療が必要になります。また、肛門部に病変を生じることが多いことが知られていて、痔瘻や肛門周囲膿瘍を合併する場合には外科的治療が必要となります。
 IBDは未だ原因不明の難病であり、完治させる治療法はありませんが、内科的治療の進歩に伴い外科的治療を回避できるケースが増えています。一方で、内科的治療の進歩にもかかわらず、外科的治療が回避できないケースがあることも事実です。十分な経験のある施設で外科的ちりょう選択の適切なタイミングを見計らうことが大切です。当院ではIBDに対しても積極的に上述のような腹腔鏡下手術、ロボット支援下手術を行っています



活動期の潰瘍性大腸炎

潰瘍性大腸炎に発生した癌。通常の大腸癌に比べ平たく発見が難しいのが特徴である。